沿革

カンパニーヒストリー

昭和38年、川崎市にて創業

大隈敏史・幸子夫妻写真

ソシオークグループは、食事作り、子育て、介護、送り迎え等、かつて女性が家庭の中で無償の労働として行っていた家事を社会化する事業をしています。

今日、4000名を超える従業員が働くソシオークグループの源泉は、大隈敏史・幸子夫妻の出会いから始まります。
学生結婚した二人は、卒業後、敏史さんは法律関係の出版社勤務、幸子は都内の公立小学校の教員になり、幸子の母、ていとともに三人で川崎市中原区井田に暮らしました。ていが娘夫婦に一日も欠かさず持たせたお弁当は、大切な家族への愛情いっぱいの、てしおにかけたお弁当で、敏史の会社の同僚からは、「お金を払うから私の分も作ってきて欲しい」と頼まれるほどでした。
敏史は幼少期の事故による足の障害のゆえに、会社勤めを続けても低く評価されることから独立を決意し、「障がい者も健常者も、男性も女性も、高齢者も若者も、誰もが尊重される社会、会社を創りたい」と昭和38年に川崎市で起業しました。
ていを料理長として、大切な家族のために作っていたのと同様に、愛情いっぱいの、てしおにかけたお弁当を提供するお弁当屋さんを始めました。
創業した時には、既に、長男が生まれておりましたし、創業の2年後には、さらに次男である現在の社長も生まれました。
幸子は出産後も教師と育児と家業と、忙しくも充実した日々を送っていました。
事業の拡大に伴い、事業に専念することを決意して、小学校の先生をやめました。
お弁当屋さんから始め、割烹料理「葉隠勇進」へと成長したのが創業期です。
創業社長敏史は、足の障がいのために入院することもありましたが、入院時にも幸子は、メニューの考案、仕入れ、営業と、精力的に事業を拡大していきました。

フード事業の確立と事業拡大

家族写真と車 二代目社長幸子写真

二人の息子たちは、働く母の姿を見て育ちました。
1984年(昭和59年)9月、創業社長敏史が癌のために永眠し、幸子が社長として経営を引き継ぐことになりました。
幸子48歳、長男23歳、次男19歳でした。
ちなみに男女雇用機会均等法施行は1986年(昭和61年)4月です。
男女雇用機会均等法もなかった、働く女性を軽んじる風潮が社会に根強かった時代に、二代目社長幸子は事業拡大のスピードを緩めるどころか、より精力的に新しい仕事にも果敢に挑戦し、社員食堂、病院給食、介護施設食堂、学校給食、レストランと、今日のフードサービス事業の形を作り上げました。
葉隠勇進株式会社は1985(昭和60)年に病院給食業務を、1987(昭和62)年に都立高校の給食業務を、1989(平成元)年には 特別養護老人ホーム給食業務を受託するなど、社会の変化とともに、産業給食だけでなく幅広い分野で川崎以外の地域にも事業を広げました。

学校給食調理業務の受託開始

社長写真

自治体の学校給食が民間事業者に委託されるようになり、1998(平成10)年、葉隠勇進は都内の公立小・ 中学校の学校給食調理業務を受託しました。
民間委託によるコストの削減と給食内容の充実や細かなアレルギー対応。 何よりも安全で安心な食事が求められる学校給食の分野で、活躍の舞台をさらに広げました。
2000年(平成12)年、創業者夫婦の次男である大隈太嘉志が3代目社長に就任し、幸子は会長になりました。
事業の範囲が広がるにつれて、対面で築く信頼だけではなく、広く認証された信頼の証を得ていく重要性を認識し、2001(平成13)年、業界に先駆けて「ISO 9001品質マネジメントシステム」、2004(平成16)年には、「ISO14001環境マネジメントシステム」の認証を取得しました。
同年には、渋谷区に東京支店移転し東京本社とし、全国展開に向けてスタートを切りました。

Hagakure Vision 100を発表、100億円企業へ

女性職員の団欒風景

2005年には、「Hagakure Vision 100」を発表。創業 50周年を迎える2013年度に100億円企業となること、お客様と従業員の満足度を業 界最高水準に高めること、100年続くビジョナリーカンパニー(理念企業)を目指し て挑戦し続けることを宣言しました。
2007年の東北支店開設に引き続き、翌2008年には九州支店を開設し、積極的にエリア拡大が図られました。現在では、関西支店、茨城支店、埼玉支店、千葉支店、中部支店と、全国に葉隠勇進のサービスが届きつつあります。
Hagakure Vision 100 への挑戦は、エリアの広がりに留まらず、新たな事業領域へと広がっていきました。

子どもたちが給食を用意している風景

創業以来、フードサービスを提供する会社であった葉隠勇進が、ソーシャルビジネスに本格的に参入しました。
葉隠勇進は、給食事業という特質も有り、8割以上が女性職員という、女性が活躍し、女性に支えられる会社となっていました。
三代目社長太嘉志は、二代目社長幸子という働く母親の背中を見て育ったこともあり、女性たちが、家庭においても仕事においても、活躍できるよう願っていました。
葉隠勇進は、それまでも、女性たちが働きやすい会社づくりに取り組み、会社内の制度を整えてきました。
しかしながら、社内の体制をいくら整えても、社会に働く女性を支える仕組みが無ければ、安心して働き続けることは出来ません。
産休育休取得率ほぼ100%で、職場復帰する事が当たり前の葉隠勇進でも、保育園に子どもが入園できずに、復帰が遅れるケースも増えてきました。
「待機児童問題」が社会全体の問題とは認識されていなかった頃から、葉隠勇進は、自分たち自身の直面する課題として、子育て家庭を社会で支える仕組みづくりの重要性に気づいていました。
少子高齢化で労働人口が減り続ける日本社会において、家庭においても仕事においても女性たちが活躍することが期待されるのであれば、かつて主として女性たちが家庭内で担っていた家事を、社会で担う基盤づくりを進める必要があります。私たちは、食事作り、子育て支援、介護、送迎等、まさにかつて家事として担われていた分野を事業領域とするソーシャルビジネスこそ、私たちの使命と受け止めました。

子育て支援事業の開始、ソシオークホールディングス設立

子どもたちが給食を用意している風景

2011年、葉隠勇進は、目黒区で明日葉保育園を開園し、横浜市で小学校内の放課後子ども教室運営を受託することから、子育て支援事業を始めました。
それまで給食事業で培ってきた教育委員会様、自治体様、保護者様からの信頼の上に、新しい事業をスタートさせることができたことは、幸いなことでした。
今では、子育て支援事業は大きな広がりを見せています。
明日葉保育園の他、子ども家庭支援センター、学童クラブ、放課後子ども教室、児童館、多世代交流館等の指定管理者等、0歳から18歳までの子どもと保護者を対象とする多種多様な支援を行っています。
同じ小学校の給食事業と放課後事業を受託運営する機会も増え、多層的に子ども達の育ちを支えられるようになりました。
2013年、創業50周年記念式典を挙行いたしました。
Hagakure Vision 100の目標数値であった売上高100億円も、超過達成することができました。
子育て支援事業に続き、介護事業、送迎事業にも領域を拡げていた葉隠勇進グループは、創業50周年を機に、持ち株会社ソシオークホールディングス株式会社を設立し、ソシオークグループとして新たな歩みを始めました。

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